「子育てが大変」と思える時間は、実はとても幸せな時間だった

グリーフケア

夏休み真っ最中ですね。世の中のお母さん、お父さん、本当にお疲れさまです。

夏休み前、ママ友と「いよいよ始まるね」と話していた時、「うちは子どもたちを実家に行かせる!」と言っている人がいて、「いいなあ」と思いました。

実家が近くて頼れる人がいる環境は、今でもやっぱり羨ましいです。でも以前とは、その「羨ましい」の意味が少し変わりました。

羨ましい気持ちはあっても、自分のカードでやっていくしかない

子どもたちがまだ小さかった頃は、実家が近かったり、気軽に助けてもらえたりするママたちを見て、正直、嫉妬していた時期もありました。

でも今は、「羨ましいと思っても、自分が楽になるわけではない」と思えるようになりました。

結局、私は私の手持ちのカードでやっていくしかない。その事実を受け入れられるようになったのです。

子どもが増えるたびに、大変さは変わっていった

小さな子どもを3人育てていた頃は、本当に毎日が必死でした。

「私は子育てに向いていないのかもしれない」

そう思ったことも、一度や二度ではありません。

一人目の時は、何もかもが初めて。産後の一日は一週間のように長く感じ、一週間が一か月のように感じるほど、時間がゆっくり流れていました。

二人目になると育児には少し慣れましたが、赤ちゃんを抱えながら幼児のお世話をするという物理的な大変さがありました。

そして三人目。

赤ちゃんを抱っこしながら幼い二人の手を引き、常に三人を連れて移動する生活。上の子の習い事に下の二人を連れて行き、それが終われば今度は真ん中の子の習い事へ、上の子と赤ちゃんを連れて向かう。想像していた以上に大変な毎日でした。

「大変」が当たり前だった日々は、二度と戻らない

そんな子育ての真っ最中、三女を亡くしました。

それまで毎日「忙しい、忙しい」と思っていた生活が、一瞬で終わりました。

急にできた時間。その落差はあまりにも大きく、私は絶望しました。

子どもが成長して少しずつ手が離れ、寂しさを感じながらも「楽になった」と思える日が来ることは、多くの家庭で自然な流れなのだと思います。

でも私の場合は、そんな形ではありませんでした。

こんな形で暇になるなんて、地獄のような苦しみでした。

その後、末っ子が生まれたことで、我が家の子どもたちは少し年が離れることになりました。その分、以前より楽になった部分もあります。

そして今は、以前とはまったく違う気持ちで子育てをしています。

「子どもたちと一緒に出かけられるのも、今だけかもしれない。」

そんな思いを、いつも心のどこかに持っています。

末っ子が「市民プールに行きたい!」と言っても、もう上の子は一緒には来てくれません。

子どもは、親が思っている以上の速さで成長していきます。

もちろん今でも大変なことはたくさんあります。

でも、「この大変さも今だけ」「この時間を味わおう」と思いながら、一日一日を過ごしています。

三女を亡くすという経験がなければ、私はきっと「子育てって大変だよね」で終わっていたと思います。

でも今は、その「大変」と思える時間こそが、かけがえのない時間だったのだと感じています。

だから今日も、慌ただしく過ぎる一日を、大切に積み重ねていきたいと思うのです。

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